遂に、医者通い・・・・

90回ピースボート地球一周のクルーズ(南半球回り)
02 /29 2016

2月29日  月曜日    

4年に一度だけ巡って来る日、

29日がやってきた。

そうだ今年は、

閏(うるう)年だった。

とは、わざとらしいなぁ。

4年に一度の、オリンピック開催年と、

閏年が同じであることは、承知している。

目の当たりにした、

港周辺の様子を思うと、

リオオリンピックの開催が、間に合うのか心配だ。

今朝もまだ、下痢が続く。  

腹痛は和らいだが、食欲がない。

朝食は、バンのみ。

昼食は四階で、

タラコスパゲッティと玉ねぎスープ。

空腹もあるのだろうが、

意外と旨かった。

ところが、食後暫くすると、腹痛と下痢。

我慢出来ず、四階の船内ドクターに診て貰った。 

前回の診察同様に、

抗生物質と下痢止め、おまけに、

咳止め薬まで貰った。

ドクターは、アメリカ国籍の男性。

日本語が、たどたどしい感じだ。

そのうえに、80歳に近いようなご高齢。

このドクターお一人で、船内の医療活動を、

担当されているとは。   

そう言えば、飛鳥Ⅱには、

船内ドクターが二人と、

ナースが三人勤務されていたと記憶する。

この船のナースは、たった一人だけだ。

比較しても仕方ないが、この船の、

医療対応は不十分と感じる次第。  

二回目の診察だが、診察内容が異なるという理由で、

今回もまた初診料を取られた。

健康保険が適用されず、

支払い金額が、

14000円近いとは‼

高いぞ‼

帰国後すぐに、海外旅行保険への、

保険金支払いを請求するぞ。

明後日の、イースター島上陸までには、

体調を戻したいものだ。 

  

洋上ミュージカルなるものが、

ブロードウェイで上演された。

若者を中心に、60名近くの出演者が、 

登場した模様だ。

オープニングから、約30分間観賞した。

予想外といっても良い位に、

歌い踊っているのが、印象的だ。

やっ張り、若者の力は、

馬鹿に出来ないと感じた。

いやいや、若者に混じって、

ご高齢の出演者もチラホラ見えた。

ご苦労様でした・・・・。

ご無理を為さらぬように。

明日から、3月である。  

船内生活が残り少なくなり、

率直に言って、嬉しい。

残りの寄港地、

あまり期待していない。

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鬼の霍乱(かくらん)か、それとも・・・・

90回ピースボート地球一周のクルーズ(南半球回り)
02 /28 2016

2月28日 日曜日

ピースボートは今日も、

イースター島に向かって一路、邁進している。 

昨日の当ブログで、

「人の生き死に」に関する記事を書いた。  

些か、不謹慎な内容だったかと、

少しばかり反省をしている。

その祟りかもしれない事態が起きた。

午後4時過ぎ、突如として、

猛烈な腹痛に襲われる。

大慌てで、部屋のトイレに駆け込む。

マダガスカル訪問後に経験したような、

激しい下痢と嘔吐を何度も繰り返す。

終いには、悪寒がすると共に、 

身体中から脂汗が出てきた。

このような状態が、

断続的に約2時間続いた。

まさに、「鬼の霍乱」と言った、突然の出来事だった。 

次第に症状が和らぎ、 

二時間ばかり睡眠をとったら、

体調が戻ってきた。

夕食時間中、ずっと苦しんでいた。 

当然、夕食は取らず終い。

先程、カサブランカ(=船内のスナック)で、

赤いきつね を、買ってきてもらった。

こんな旨い物が、この世にあるのか、

と思える程の味がした。

実は、痛みに堪えて、

七転八倒している時、

客死するのではないかとの思いが、

何度か頭をよぎった。 

   

昼食後アゴラにて、

憲法9条の仲間達の企画に参加した。

3.11以降のフクシマについて、

ドイツ人のジャーナリストが取材したビデオを視聴した。

安部首相が、

「完全にコントロールされている」

と世界に向けて大見得を切ったが、

その実態とは、全く異なる事が描かれる。        

地道な取材を積み上げた、素晴らし内容だ。

もっと数多くの船客に、

見てもらいたかった。

会場の直ぐ側(かたわら)には、

雀卓を囲む多くの船客がいる。

船内、9条の会のような、

真剣に日本の現在を考えるような企画には、

人が集まらないのが、現実か・・・・。

悲しいが、仕方がないナァ。

ジャラジャラと牌かき混ぜる音聞こえ

         フクシマからの声をさえぎる

歌のさんほみち は、 

信濃の国(長野県)特集。

主宰者の星野様御夫婦、

信州の小諸市にお住まいだ。  

信州人がみんな歌えるという、

「信濃の国」という歌を、

初めて聞いた。

故郷を讃える、素晴らし歌である。

信州に関わる歌が、こんなに沢山有るとは、

知らなかった。

客死(かくし)だけは・・・・御免です

90回ピースボート地球一周のクルーズ(南半球回り)
02 /28 2016

2月27日  土曜日 

船上で、

椎名誠著「ぼくがいま、死について思うこと」を、

読了したことについては、記した。

それ以来、船室にとじ込もっている際などに

自らの死に際について、思い巡らす事がよくある。

平凡だが、自宅のベッドで、

眠るがごとく死んでいくのが理想的か・・・・。

今朝、朝食を食べながら、

H 様御夫妻と会話した。

H 様と同郷(?)の男性客が、

インド洋上を航行中に、シャワー室で突如倒れられたと。

心筋梗塞か何かは不明だが、

ほぼ即死状態だったとか。

ピースボート側としては、秘密裏に、

日本の親族に連絡を取り、

寄港地のモルジブで具体的な対応策をとったとのこと。 

現地にて荼毘にふされたか、

御遺体を日本に搬送したかなどは、

不明である。

この男性の死は、旅先での死亡、

すなわち客死(かくし)である。 

  旅に病んで夢は枯れ野を駆けめぐる

は、芭蕉の俳句だが、

船室で亡くなられた男性の夢は、

何であったろうか。   

イグアスの滝だったか、

カーニバル見学か、

具体的な夢を抱かれての、

乗船だったはずである。  

さぞかし無念だったのではなかろうか。

合掌。 

 

私達も、今回の旅のために、

高額の海外旅行保険に加入した。

今のところ、マダガスカルでの腹痛で、

船内医にお世話になった以外に、 

保険の対象となる事態は発生していない。  

残る旅程は、約30日。     

身元保証人の長男に、 

連絡を要する事態だけは、御免蒙る。

 

何事もなかった如く、

船は今日も、南太平洋を東に向かって航行している。

 

長期間航行する客船には、必ず、

棺桶が準備されているらしい。

海に浮かぶ養老院状態のこの船だ。

横浜帰港までに、

客死者が出ないことを願いたい。

棺桶の他にも、

船内で犯罪行為を犯した人を収容する施設が、

設けられているらしい。  

船長の判断で、身柄を拘束できるようだ。

そう言えば、

屈強な体格の外国人クルーが何人かいるなぁ・・・・。 

彼等が、警察官的な役目を担っているのだろうか?! 

中には、暴力沙汰も起きることはありそうだ。

暇な船内生活、 

色んな事が思い浮かんでくる。

イースター島までは、まだ4日もある。

サンチアゴ市内を観光した

90回ピースボート地球一周のクルーズ(南半球回り)
02 /26 2016

 〈写真は、ネット環境が良くなってから、挿入させて頂きます。〉

2月26日   金曜日  

早朝、バルバライソ港に入港。  

今日は、オブショナルツアーに参加した。  

目的地は、首都のサンチアゴ市。 

人気のツアーのようで、大型バス四台に分乗して、 

高速道路を経由し、サンチアゴを目指す。

バルバライソとサンチアゴ間は、約120㎞の距離だ。

車窓には、広大なブドウ畑や、

丈の短い灌木等が見える。

地理の時間に学習した、

典型的な地中海性気候帯の風景である。

 

実はサンチアゴ市、

正吉には、少しばかり思い入れがある。

20数年前に知人が、

サンチアゴ日本人学校に勤務していた。

その彼と、文通による情報交換をしていた。

この事から、一度は訪れてみたいと考えていた次第。

午前11時前に、サンチアゴに到着した。

現地ガイドは、英語による案内。

彼の言葉を日本語に訳して紹介するのが、

CC の一馬君という、もどかしさ・・・・。

しかし、久し振りに踏む、   

大地の感触に、 

ウォーカーの血が騒ぐ。

サンチアゴは首都であり、人口約600万人の大都市だ。

第一印象は、

良く整備された、極めて美しい街ということ。

南米の他の大都市と比べて、秀逸と感心した。

信号機も多く、

人々の交通マナーも良かった。

  

多分、おのぼりさんコースであろう場所を巡った。

モネダ宮殿、アルマス広場、そして

サンチアゴ大聖堂を訪れた。

スペインによって造られた、

重厚な建造物が素晴らしい。

なかでも大聖堂は、カトリックの信仰のあつさを物語る、

壮大な建物だった。 

どの場所も、観光客で、

ごった返していた。

中央市場前にある、

シーフードレストランにて昼食。

タラバ蟹のような大型の、

蟹足を食べる。

これが何とも大味で、不味い!

急に越前がにが食べたくなった・・・・。

ブイヤベース風のスープも、美味しくはなかった。

食後、登山電車(フニクラ)に乗って、

サンクリストバルの丘に登る。

山頂からの眺めは・・・・、

旧市街地だけが望まれるた。

正直言って、素晴らしとは言い難かった。

しかし、後方には、雄大なアンデス山脈が遠望できた。

ガイドに、

日本人学校の場所を聞いて見たが、

知らないようだった。

民芸品市場で休憩。

石に彫られた、小さなモアイ像を買った。

元来た高速道路を通り、夕方7時前に船に帰った。

サンチアゴ市内の美しさだけが心に残る、

慌ただしいツアーだった。

まだ太陽が沈む前に、

バルバライソ港を出港した。

この街も、二度とは訪れないだろう。

バルバライソの沖合いに、錨舶(びょうはく)

90回ピースボート地球一周のクルーズ(南半球回り)
02 /25 2016

2月25日 木曜日

ウシュアイアを出港して、5日目、

本日午後3時にバルバライソ沖合いに到着した。

明朝まで錨を下ろし、

この場所に留まる。

これを、錨舶という。

チリへの入国に際して、

検疫が、かなり厳しいらしい。

バルバライソの街並みが、彼方に望まれる。

高層ビルも散見され、

遠目には、美しい街である。

バルバライソとは、

「天国の丘」という意味の、

スペイン語とのこと。 

斜面の上まで、家々が立ち並んでいる。

海岸に沿って、電車が走っているのが見える。

明日は一日、オプショナルツアーに参加する。

目的地は、首都のサンチアゴ市内。  

バスに乗り、片道約120㎞の旅の予定。

久し振りに陸地を、踏むことかが出来る。

楽しみだ。

船内では、それぞれの自主企画サークルが、

発表会の準備で忙しく活動を始めている。

正吉も、独り語りと朗読劇サークルの練習に参加した。

今日は、発表に要する時間を計ったり、

細かな点の修正をしたりと、

忙しかった。

こんな時でも、

歌のさんほみち は、

しっかりと開催される。

久し振りに、

「原爆許すまじ」を、三番まで歌った。

かなり赤道に近づき、

日中の気温が高くなってきた。

明日は、半袖シャツで歩けそうだ。

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相変わらず北上しています

90回ピースボート地球一周のクルーズ(南半球回り)
02 /24 2016

2月24日  水曜日

ピースボートの事務局は、 

面白い企画をすることがある。

今日は、「日本人ってなんだろう」というテーマで、

パネルディスカッションがあった。

外国で生まれて、

複数の国籍を有する若者等が、

パネリストとして登壇。

彼等独特の、

日本人感を聴くことができ、

成る程と考えさせられた。

進行役の市塚さん、

見事な裁き方をしていた。

彼女、なかなか頭が良さそうだ。

歌のさんほみち 夕食後に参加した。

今日は珍しい歌を歌った。

「網走番外地」、

言わずと知れた健さんのヒット曲。

正吉は、特に、

大声で歌った・・・・。

健さんを、思い出しながら。

 

横浜を出港してから、

丁度、70日目である。 

2月に入って以降、

ウォーキング・筋トレ等を怠けている。

腹が、ポッコリと出てきた感じがする。

次第に気温が上がってきた。

気合いを入れ直し、

身体を動かすゾッ。  

出港前に施したインプラント治療。

いまのところ、異常なし。

というより、快適である。 

インプラント 我寿命との 勝負かな

クルー(乗組員)の事など

90回ピースボート地球一周のクルーズ(南半球回り)
02 /23 2016

2月23日  火曜日  太平洋上終日航海

 

チリの沿岸、太平洋上を北上している。

ご存じのように、チリの国土は南北に、

長く連なっている。

その長さは、約4300㎞とは驚きである。

細長い国土に、

様々な気候帯が分布している。

船内新聞や水先案内人の話で、

かつての独裁政治時代の様子や、

パブロ・ネルーダ等の抵抗者の活躍について、

熱く語られる。

このあたりは、ピースボートらしさが出ている。

フムフムと、うなづいているところだ。

日本企業も、この国に深く入り込んでいて、

日本人学校が設けられている。

カナダのバンクーバー出身の男性英語講師、

スティーブンの講演を聴いた。

バンクーバー郊外の村が故郷とのこと。

写真を交えて、流暢な日本語で、

故郷自慢をしてくれた。

彼の家の前の水路を、

アラスカを目指す大型客船が通るのを見ながら、

育ったと言う。

一度は乗って見たいとの念願から、

この船の英語講師に応募したと。

誠実で、前向きに生きる彼の生き様に、

感動した。

講演後、私達もバンクーバーを訪れた事があると話した。

心が通いあう瞬間を感じた。                 

ブエノスアイレスから、 

クルーの新顔が多数、

乗船してきた模様だ。

ブルガリア・インドネシア・インド・ホンジェラス・ハイチ等と、

国籍が異なるクルーが、船内各所で働いている。

この船は、彼等外国人によって動いていると言っても、

過言では無かろう。

人件費を安くおさえるために、

彼等がこの船に雇用されたと思われる。

一番接する機会が多いのが、

ハウスキーパーとウェイターである。

私達の部屋の掃除・タオル交換・ベッドメーキング等の仕事は、  

インドのムンバイから来ている男性M君。

愛想がよく、実によく気がつき、

働き者である。 

マダガスカルで体調を崩し、

臥せって居てシーツを汚したが、

嫌な顔を見せる事なく、交換に応じてくれた。

心が通いあった気がして、嬉しかった。

もちろん、チップを弾んだが。

その反面、気に入らないのが、

ウェイターの態度である。

なかでも四階の大(?)食堂のウェイターには、

反感を禁じ得ない。

テーブルごとに担当者名が、記載されているが、

全くと言ってもいいくらい機能していない。

乗船してから、三分の二が過ぎたのに、 

客の顔を覚えていないウェイターが多くいるようだ。

飛鳥Ⅱと比較するのは、

酷かとは思うが、

ウェイターへの指導・教育が足りないと痛感している。

飛鳥Ⅱのウェイターは、

客の名前や好み等を、瞬時に記憶していた。

同じ質問等をすることはなかった。

今夜など、

ついつい同席者と会話が弾み、

時間が経過していた。

後半の食事開始時刻が、 

迫っていたようだ。

すると、ウェイター達がテーブル周辺を、

これ見よがしに動き始める。

テーブルクロスを交換したり、

新しいグラスを並べたりし始める。

終いには、リーダーらしき女性ウェイターが、

険しい表情で腕時計を指差す。

早く出て行けとの意思表示だ。 

まだまだ前半の時間が、残っているのに。

こちとらは、お客さまだぞ‼

思わず彼女に対して、日本語で抗議した。

内容を、理解しない様子だったが。

極めて安い賃金で雇用されていると思われる彼等だが、

接客に関しての、

指導的立場からの教育が、

不足している。

アルコール類の売り上げに関しては、 

厳しく指導されているようだが。

席につくや否や、飲み物の確認をしに来るウェイター。

もっと客を、落ち着かせろ❗

多分、この指導だけは徹底されている模様だ。

売り上げを、図りたいから・・・・。

私達は、クルー達と親しくなるために、

英語・インドネシア語・フィリピン語・スペイン語など、

彼等の母国語によるコミュニケーションを、

積極的に図っているつもり、だが・・・・・・。

どうも、空回りすることが多いようだ。

辛口のコメントついでに、もう一言記す。 

それは、ジャパングレースの社員の食事に関してだ。

最近気がついたが、

彼等社員は、

9階の食堂で私達と同じ内容の食事を摂っているではないか❗?

この食事は、彼等の「まかない食」ではないのか!?

別の表現をすれば、

社員のまかない食事を、大事な(?.)お客さまに対しても、

提供しているということではないのか・・・・。

またまた飛鳥Ⅱ等と比較するが、

他の客船ではあり得ない対応と受けとめる次第である。

船賃やオブショナルツアー代金含めると、

500万円以上を支払った、

お客さまへの配慮が、あまりにも足りはせぬか?⁉!

平和の船 との、謳い文句はピカピカと輝くが、

私から見れば、メッキが剥げているゾッ!!

遂に、太平洋に出た

90回ピースボート地球一周のクルーズ(南半球回り)
02 /22 2016

2月22日  月曜日

正吉が中学校一年生の頃、  

音楽の教科書に、

「太平洋」という歌が載っていた。  

波頭千里 揚々と 東にうねり 西に寄せ

日出る国の 暁に 雄々しく歌う 海の歌

黒潮越えて いざ行かん 我らの海よ 太平洋

という、歌詞だったと記憶している。

何せ、60年近く前に歌った歌だ。

間違いがあるかも知れない。

イヤ、多分間違っているだろう。

 

船は今朝、ピオ11世氷河をで見て、

一休みした後、  

再びマゼラン海峡を通過して、 

夕方、太平洋に出た。

  

✳ピオ11世氷河については、フェイスブックで紹介させて頂いたので、ここでは割愛させて頂きます。見事な光景だった。

マゼランは、太平洋を初めて目の当たりにした際、 

何と平和で穏やかな海かと、 

感動したという逸話が残る。

しかしながら、今夕の太平洋は、

荒れ模様。 

白浪が立ち、

ローリングとピッチングが、、

半端ではない状況。

先程、食堂のウェイター達も、 

ふらつき、倒れそうにしていた。

彼等の仕事も、大変である。   

現在航海中の、

向こう岸に日本があると考えると、

日本がグッと近づいた感じがしてきた。

早く帰りたい・・・・・・。本音だ。

今日も、

歌のさんほみち と 

朗読の練習会に参加した。

朗読の発表会が近づき、

どんな衣装にするかといった、

相談が中心になった。

今朝乗組員が、氷山をテンダーボート出して、

採ってきた。

その氷を使った水割りが、販売される。 

只で拾って来た氷で、   

儲けるとは、

セコいぞ‼ 

お客さまに、只で振る舞ってみたらどうか・・・。

少しは、ジャパングレースの株が上がるかも。

バタゴニアの夏は、何もない夏です・・・

90回ピースボート地球一周のクルーズ(南半球回り)
02 /21 2016

2月21日 日曜日

吉田拓郎は、名曲「襟裳岬」で、 

何もない春です・・・と表現した岬。 

まさにバタゴニアフィヨルドも、 

何もない夏です・・・と表現したい風景が、

ほぼ終日展開した。

冷たく吹き付ける雨と風、

時折顔を出したかと思うと、すぐに隠れる太陽。  

マゼラン海峡から、

バタゴニアフィヨルドにかけての、 

本日航海は、 

荒涼とした風景のなかで進行した。    

まさに、色彩のない、  

墨絵のような世界が続いた。

でも正吉は、  

このような人気のない、  

荒れ果てた風景は、

嫌いではない。

船内では、 

本日は「フィヨルド遊覧デー」と称して、 

船客を煽る構えだ。

ジャパングレース社の事務局長は、  

早朝から船内放送を通して、

航路の説明を行う等、張り切っている。    

催しの際には、

必ず販売される飲み物の有料販売だが、

悪天候のため、

売り上げが伸びなかったのでは!?

別に、私が心配することではないが。

 

夕方久し振りに、

歌のさんほみち に参加した。

今回が、31回目の開催とは、

驚きである。

進行役の奥さん、

相変わらずの冴えたコメントが、

会場を和ませる。

今日も、13曲を、元気で楽しく歌った。

お父さんによる、

似顔絵作成に、

桜が応募した。

さてさて、結果は⁉

ラーメンが無性に食べたくなり、

夕食は、

居酒屋波平に出かけた。

ところが、浪が高く危険なため、

ラーメン・うどんの汁物は、

販売停止というではないか。  

仕方なく、

熱燗、お握り、おでん、刺身、アサリのバター焼き等を注文。  

ラーメンに見放され、

何やら心淋しい夕食になってしまった。

 

明日もまた、

何もないバタゴニアの夏が続く・・・・・・。  

氷河だけが、楽しみだ。

ビーグル水道通過~氷河を眺める~

90回ピースボート地球一周のクルーズ(南半球回り)
02 /20 2016

2月20日 土曜日

午前9時頃、

ウシュアイアを出港。

船から眺めたウシュアイア市街地、

斜面にへばりつくように広がっている。

 

朝食時、南極へのツアーに参加されたK さんと話す。

乗船されたウシュアイア号は、小型船。

南極海の荒浪に揉まれ、

船酔いが激しく、散々な旅だった模様。

船客の一人が、二段ベッドの上段から落下、

腰を強打して、 

目下車椅子生活とか。

命懸けの南極ツアーだったと。

参加しなくて、良かった、良かった。  

オーシャンドリーム号、

現地の水先案内人を乗せて、

船脚遅く、

ビーグル水道を航行。  

次々と氷河が現れる。 

現れた順に名前を紹介させて頂く。

オランダ氷河・イタリア氷河・フランス氷河・ドイツ氷河そして、

ロマンチェ氷河の5つ。 

どうしてか、

イギリス氷河はなかった。   

フォークランド戦争が理由かな? 

飛鳥Ⅱで見たことがある、

アラスカの氷河と比較すると、  

どれも皆規模が小さい。

今日から三日間、 

バタゴニアフィヨルドの遊覧航行が続く。

オーバーランドツアーでの、

疲れを癒すには適した時間だが、 

退屈極まりないなぁ・・・。

✳当分、船内のWi -Fi (有料)を通して、ブログを入力します。

 写真のアップには、相当な時間を要するため、

 寄港地でまとめて作業します。ご理解下さいませ。